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2015.03.04 Wednesday
大人がピアノを《普通》に弾くためには
●大人のピアノの目標
《「普通の曲」を「普通に弾ける」ようになりたい》
これが大人から始めた方の典型的な目標でしょう。他にも、《あこがれの「あの1曲」が弾きたい》というのもあると思いますが、1曲弾けたら、他も弾きたくなるのが人情と言うものです。
ここで、「普通の曲」というのは、例えばクラシック系なら「ピアノ名曲集(初級編)」とか、ポピュラー系なら「J-POP&アニソン定番曲集」とか、ジャズ系なら「永遠のスタンダードナンバー ピアノソロ編」とか、その手の楽譜集に載っていそうな曲(ただし複数)という意味です。
そして、「普通に弾ける」というのは、そんな超絶技巧なんて無理だから、止まらずに、そこそこ音楽的に弾ければよい、ということです。
●ぜんぜん普通じゃない《普通》
実は、《あこがれの「あの1曲」が弾きたい》は簡単です。
大人の気合と集中力と見栄とセコさで、数か月か1年その曲をひたすら練習すれば、簡略化したアレンジ譜かもしれませんが、いちおう弾けるようになります。勘のいい若い方なら、数週間で行けるかもしれません。はい、たいへんよくできました(花マル)!
それで、普通は、「1曲弾けたんだから、他の曲も《普通》に練習すれば弾けるようなるだろ」と考えます。
これが、ならないんです。ホントに。悲しいくらいに。
正確に言うと、弾けるようになるんですけど、前の曲が弾けなくなります。暗譜が記憶から消えます。だから、何とか弾けるのは、練習中の今の1曲だけ。
永遠の《あこがれの「あの1曲」型》です。
ここに至って、「基礎力が無いからダメなんだ」と悟ります。
それで、遅かれ早かれ、基礎練習を始めます。
そして、その基礎練習を通じて、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようになるためには、膨大な時間と労力が必要なことを理解します。《普通》は普通じゃないんです。
もう、ここまでは、超定番、お約束のコースです。
「初心者ピアノ」のBlogを良く見るのですが、それはもう皆さん、感心するぐらいに同じ道を通ります。
さて、ここから先が、今回、書きたいことの本題です。(前置きが長くてスミマセン)
●《普通》に弾けない理由
「音楽性が無い」からじゃありません。ピアノを弾きたいと思う大人は、みんな音楽が好きでしょうし、音楽を「歌う力」を持っているはずです。
「指が動かない」からでもありません。「普通の曲」程度であれば、訓練で動くようになります。
では、何が問題かというと・・・。
それは、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」と「リアルタイム読譜・運指力」が無いからです。(詳細は後述しますが、内容は何となく分かると思います。)
どちらの能力もない場合、曲を弾くためには、運指をひたすら暗記するしかありません。多くは視覚的な記憶に頼ることになります。大人の初心者に多く見られる、いわゆる「鍵盤凝視弾き」、「うつむき弾き」、「覚え弾き」です。
人間の記憶力には限界がありますから、この「覚え弾き」で弾ける曲数には限界があります。これが、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようにならない理由です。
●「普通に弾く」ための能力
ピアノを「普通に弾く」ためには、次の二つの能力の「どちらか一方」が必須です。曲がりなりにも11年間ピアノを弾いてきた私の結論です。(もちろん両方あればなおよい)
(1) ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力
音を聴くだけ(あるいは、思い浮かべるだけ)でドレミと鍵盤位置が分かる(ラベリングできる)能力です。絶対音感か相対音感かは問いません。絶対音感の方なら、「ド」の音を聴けばそれが自動的に音名の「ド」と認識され、「ド」の鍵盤位置が決定されます。相対音感の方なら、認識された階名から調に応じた鍵盤位置への変換が必要になりますが、それさえできれば、絶対音感の方とほぼ同じです。
絶対音感・相対音感どちらの場合でも、知っている曲なら、それを頭の中でドレミで鳴らすことができ、ドレミが鳴った時点で鍵盤位置が決定されます。すなわち、弾けます。
※【補足】よく考えたら、音からドレミを介在せずに直接鍵盤位置にラベリングするタイプもあるはずです。いわば、「ダイレクト鍵盤位置ラベリング能力」です。もしかしたら、ジャズ・ポピュラー系の方に多いのかもしれません。今回の記事では、便宜上、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」の一変種ということにさせてください。また、以下の文章も適宜読み替えてください。(ちょっと手抜きですが、書き直す元気がないので・・・笑)
(2) リアルタイム読譜・運指力
演奏速度で楽譜を読んでそれを運指に変換する能力です。クラシック系なら楽譜に忠実に、ジャズ系ならリードシート(メロディ+コード)からアドリブ(インプロヴァイゼーション)で運指を決定します。楽譜を見ますから、当然、鍵盤を見ないで弾くブラインドタッチが前提となります。(チラ見はOK・・・ジャズだとかなり鍵盤見てもOKかな?)
この能力があれば、基本的に楽譜さえあればどんな曲でも弾けるはずです。
●なぜ、「どちらか一方」あればいいのか
まず、曲そのものは、ほぼ頭の中に入っていることが大前提です。
また、たくさんの曲の運指をすべて覚えているのは、驚異的な記憶力の持ち主でない限り、不可能です。
ですから、頭の中で曲のイメージをどうやって保持しているのか、そこからどうやって運指を決定しているのか、それが鍵となると思うのです。
私は、大きく分けて二つの方法があると考えています。「弾いたことは無いが、知っている曲を初めて弾く」ことを想定してみてください。
(1) もし「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」があれば、「曲を知っている」ことと「ドレミを知っている」ことは等価です。ただし、「弾いた事はない」ので、鍵盤位置は演奏時に認識されます。したがって、(基本的には楽譜無しでも)次の順で運指が決定されます。
【頭の中の曲のイメージ+ドレミ】→【弾くべき鍵盤位置】→【運指】
(2) もし「リアルタイム読譜・運指力」があれば、曲のイメージと楽譜からの外部情報により、次の順で運指が決定されます。(ただし、ラベリング能力が弱い場合は、「曲を知っている」ことと「ドレミを知っている」ことは等価ではないことに注意してください。)
【頭の中の曲の音のイメージ+楽譜の音符・指番号】→【ドレミ+弾くべき鍵盤位置】→【運指】
初見が得意な方、耳コピが得意な方は、この双方が強力かつうまく連携できているのだと思います。(細部は個人差があると思いますが)
いずれにしても、上の(1)か(2)のどちらか一方が動けば、曲は弾けます。
●ピアノの先生には分からないかもしれない
ピアノの先生は、子供の時から練習を重ねて、この「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」と「リアルタイム読譜・運指力」の両方を身に付けた人たちです。
一方、大人から始めた初心者は、この二つの能力がまったくありません。
もちろん小さな子供にもこの二つの能力は無いのですが、ちゃんと教えて、ちゃんと練習すれば、身に付きます。
もしかしたら、ピアノの先生は、ご自分が小さい時にどうやってこの能力を身に付けたか、記憶が無いのかもしれません。特に、ドレミがどういうプロセスを踏んでドレミに聞こえるようになったのか、その成長過程を客観的に説明できるでしょうか?
だから、ピアノの先生は、大人から始めた人の頭の中が分からないのかもしれません。(ピアノの先生のBlogなどで、そう受け取れる記述を時々見かけます)
●大人から始めて「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」は身に付くのか?
あくまでも私の場合です。
11年間、それなりに努力もしましたが、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」はまったく付きませんでした。私には、どうしても曲がドレミに聞こえません。ドレミが分からないので、当然、鍵盤位置にも変換できません。
その代わりに、例えば下のト長調の音階を「シ・ミ・ド・ラ・ファ・レ・ラ・ソ・レ〜」とか歌えます。(一度、師匠の前でやってみせました。師匠「気持ち悪くありませんか?」、私「いえ、全然!」。)
これは、「相対音感が無い」というのとは違いますから、間違えないでくださいね。それなりの相対音感は、たぶん、あります。
そうではなくて、「ド」の音が「ド」という記号(ラベル)と結びつかないのです。これは、そういう風に私の脳が出来上がってしまっているからだと思います。要するに、「ラベリング能力が無い(→だったら鍛えればよい)」というのではなく、「ラベリングしない方向に能力が発達してしまっている」ということだと思います。
私の主張に疑問をお持ちの方(で、ラベリング能力がある方)、上のト長調の音階を、下のように歌う練習をしてみてください。けっこう「キツイ」と思いますよ。
(1) ド・ラ・ファ・レ・レ・ド・ド・ソ・ラ
(2) レ・ミ・ファ・ファ・ラ・ミ・ド・ド・ド
(3) ソ・ミ・ミ・ミ・レ・ファ・ミ・ラ・ド
(4) ミ・ファ・シ・ファ・レ・ラ・ファ・レ・ファ
(5) レ・ソ・ラ・シ・ド・ファ・ド・ファ・ソ
(6) ラ・シ・ファ・ファ・レ・レ・レ・レ・ミ
以下、果てしなく続く・・・
これは、「ラベリング型」の音感の方に、「ノン・ラベリング型」の音感を身に付けていただくための、暗黒のソルフェージュ(笑)の練習です。
「ノン・ラベリング型」の私が、「ラベリング型」の練習をするのも、たぶん、同じぐらい大変です。
もしかしたら、「ノン・ラベリング型」から「ラベリング型」への移行には、ある種の年齢的な限界(臨界期)があるのかもしれない、と感じています。(実証研究を探したのですが、うまく見つけられませんでした。よって、あくまでも「個人の感想(笑)」です。)
ちなみに、絶対音感は6〜7歳ぐらいまでに何らかの訓練をしないと習得できない、とされています。(根拠を知りたい方は、そのへんの素人のサイト(←たとえば私のサイト。笑)ではなくて、Google Scholarあたりで「絶対音感」、「absolute pitch」といったキーワードで論文を検索してみてください。)
●大人から始めて「リアルタイム読譜・運指力」は身に付くのか?
こちらも、あくまでも私の場合です。
身に付きます。恐ろしく、時間と手間はかかりますが。
いま、バッハの平均律の鬼楽譜(笑)と悪戦苦闘してますが、たまに、昔やった楽譜を取り出してみると、易しく感じます。
当時は、数小節進むだけで何日もかかった曲でも、とりあえず、超ゆっくり、間違えたり止まったりはしますが、通しで弾けます。(ということは、弾けてない、ということですが・・・笑)
だから現状だと、《「普通の曲」を「ヘナチョコに弾ける」》程度ですが、読譜力も運指力もゆっくり向上して来てるのが分かります。まだ「普通に弾ける」まで何年もかかりそうですが、手の届かない目標ではないと思います。
●努力目標・・・私の場合
ですから、私の場合、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようになるためには、
(1) 「リアルタイム読譜・運指力」に全力を投入する。すなわち、楽譜を見て弾くことに集中する。
(2) 「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」は、あきらめる。
というのが唯一の方法ではないかと考えています。
●《普通に弾ける》までの道はタイプによって違う
実は、今回の記事を書くきっかけになったのは、前回の記事で「暗譜した方がよい」というコメントを頂いた事と、大人の指導に力を入れているであろうピアノの先生のBlog(複数)に「大人に楽譜を読むように指導するのは困難」という主旨の発言を見つけたからです。
もし、ある大人の生徒さんが、私のように「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」が身に付かないタイプだとすると、楽譜を読むことを放棄した時点で、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようにならない、という結論になります。これは、「良い・悪い」の問題でなくて、論理的に考えて、そうなる、という話です。
このような生徒さんの場合は、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ためには、たとえ道は長く険しくとも、読譜力とブラインドタッチ力を徹底的に強化するのが、ほぼ唯一の方法のはずです。
また、楽譜を見て弾くのが基本なので、暗譜にはこだわらなくよい、ということになります。
逆のケースとして、その生徒さんが、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」の素質はあるが、「リアルタイム読譜・運指力」が苦手な場合を考えてみます。ようするに「聴いて覚えた曲は弾ける」方です。
このような方は、もしかしたらクラシック系より、コード奏法によるポピュラー演奏などに向いているのかもしれません。右手のメロディは「知っている」ので弾けますし、左手のコード演奏は、ある意味ワンパターンです。ポピュラー系限定なら、意外とあっさり《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようになるかもしれません。ただし、複雑な音を駆使するクラシック、特にバッハのような曲は苦手かもしれません。
さらに言えば、このタイプの人は、さほどブラインドタッチにこだわらなくてよいのかもしれません。(猫背で鍵盤凝視はマズイと思いますが。)
●片手練習 v.s. 両手練習
その人の「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」と「リアルタイム読譜・運指力」の優位性と、効率的な練習法にも関係があるはずです。
例えば、片手練習と両手練習のどちらが良いのか、という議論。
「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」が優位の方は、たぶん、片手練習が有効です。
このような方は、曲を、左右それぞれのメロディとして「聴いて覚える」はずです。人間は、同時に複数のメロディを「聞く」ことはできますが、同時に複数のメロディを「発声」することは、身体構造上不可能です。よって、一つのメロディを弾いて歌って覚えて、最後にそれらを組み合わせる、という練習は合理的です。
一方、「リアルタイム読譜・運指力」が優位の方は、たぶん、両手練習の方が有効です。
ちょっと話がそれますが、楽譜がまったく読めない初心者でも、将来、読譜力が育つ可能性か高いかどうか判定する方法があります。(たぶん)
それは、本を読むのが速いかどうか、です。(私は、自慢しているようで申し訳ないのですが、かなり速いです。)
速読する時は、複数箇所をほぼ同時に読んでます。もちろん、ある瞬間には一箇所を注視しているのですが、視点を高速に動かしています。また、語の順番どおりには読みません。飛ばして読んで、必要とあらばさっと戻って読んで、前の行を読んで、次の行を読んで、という読み方をします。
この能力が、そのまま読譜力に転化されるはずです。
このような方の場合、曲を、楽譜を読む視点移動の連鎖として「見て覚える」はずです。「正しい場所」を見ることができれば「正しく弾けます」。片手練習は、(テニック的に弾きにくい箇所ではやりますが、)基本的に無駄、場合によっては有害です。なぜなら、片手練習と両手練習では視点移動のやり方が異なるからです。片手練習で付けた「視点移動の癖」を、両手練習に切り替えた時にいったんリセットして、改めて両手演奏用の「視点移動の癖」を付けるのは二度手間です。最初から、両手練習によって曲を弾くために必要な視点移動を練習した方が有効です。(もちろん歌うことも有効ですよ!)
●タイプによって練習法を変える−−それが《普通に弾ける》ための最短距離
最後にまとめとして、大人の初心者の場合は、タイプに応じて練習法を変えるべき、というのが結論です。ピアノの先生側から見ると、指導法を変える、場合によっては、まったく逆の指導をする、ということになります。
もちろん、「リアルタイム読譜・運指力」と「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」の双方を鍛えることが理想ですし、小さな子供さんの場合はある程度可能でしょう。
しかし、大人の場合は、時間がありませんし、脳の可塑性が低下しています。本人の適性と逆の練習/指導だと、ピアノがイヤになってしまいます。
大人には、子供の柔軟性・学習能力はありませんが、知恵はあります。ぜひ、いろいろと考えて工夫して、《普通に弾ける》ための最短コースを探してください。それが、《「普通の曲」を「自由に楽しく弾く」》ためのコツです。
※今回の記事では、下のサイトが大変参考になりました。ありがとうございました。
あなたの音感は何型か?(たくき よしみさん) http://takuki.com/onkangata.html
《「普通の曲」を「普通に弾ける」ようになりたい》
これが大人から始めた方の典型的な目標でしょう。他にも、《あこがれの「あの1曲」が弾きたい》というのもあると思いますが、1曲弾けたら、他も弾きたくなるのが人情と言うものです。
ここで、「普通の曲」というのは、例えばクラシック系なら「ピアノ名曲集(初級編)」とか、ポピュラー系なら「J-POP&アニソン定番曲集」とか、ジャズ系なら「永遠のスタンダードナンバー ピアノソロ編」とか、その手の楽譜集に載っていそうな曲(ただし複数)という意味です。
そして、「普通に弾ける」というのは、そんな超絶技巧なんて無理だから、止まらずに、そこそこ音楽的に弾ければよい、ということです。
●ぜんぜん普通じゃない《普通》
実は、《あこがれの「あの1曲」が弾きたい》は簡単です。
大人の気合と集中力と見栄とセコさで、数か月か1年その曲をひたすら練習すれば、簡略化したアレンジ譜かもしれませんが、いちおう弾けるようになります。勘のいい若い方なら、数週間で行けるかもしれません。はい、たいへんよくできました(花マル)!
それで、普通は、「1曲弾けたんだから、他の曲も《普通》に練習すれば弾けるようなるだろ」と考えます。
これが、ならないんです。ホントに。悲しいくらいに。
正確に言うと、弾けるようになるんですけど、前の曲が弾けなくなります。暗譜が記憶から消えます。だから、何とか弾けるのは、練習中の今の1曲だけ。
永遠の《あこがれの「あの1曲」型》です。
ここに至って、「基礎力が無いからダメなんだ」と悟ります。
それで、遅かれ早かれ、基礎練習を始めます。
そして、その基礎練習を通じて、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようになるためには、膨大な時間と労力が必要なことを理解します。《普通》は普通じゃないんです。
もう、ここまでは、超定番、お約束のコースです。
「初心者ピアノ」のBlogを良く見るのですが、それはもう皆さん、感心するぐらいに同じ道を通ります。
さて、ここから先が、今回、書きたいことの本題です。(前置きが長くてスミマセン)
●《普通》に弾けない理由
「音楽性が無い」からじゃありません。ピアノを弾きたいと思う大人は、みんな音楽が好きでしょうし、音楽を「歌う力」を持っているはずです。
「指が動かない」からでもありません。「普通の曲」程度であれば、訓練で動くようになります。
では、何が問題かというと・・・。
それは、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」と「リアルタイム読譜・運指力」が無いからです。(詳細は後述しますが、内容は何となく分かると思います。)
どちらの能力もない場合、曲を弾くためには、運指をひたすら暗記するしかありません。多くは視覚的な記憶に頼ることになります。大人の初心者に多く見られる、いわゆる「鍵盤凝視弾き」、「うつむき弾き」、「覚え弾き」です。
人間の記憶力には限界がありますから、この「覚え弾き」で弾ける曲数には限界があります。これが、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようにならない理由です。
●「普通に弾く」ための能力
ピアノを「普通に弾く」ためには、次の二つの能力の「どちらか一方」が必須です。曲がりなりにも11年間ピアノを弾いてきた私の結論です。(もちろん両方あればなおよい)
(1) ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力
音を聴くだけ(あるいは、思い浮かべるだけ)でドレミと鍵盤位置が分かる(ラベリングできる)能力です。絶対音感か相対音感かは問いません。絶対音感の方なら、「ド」の音を聴けばそれが自動的に音名の「ド」と認識され、「ド」の鍵盤位置が決定されます。相対音感の方なら、認識された階名から調に応じた鍵盤位置への変換が必要になりますが、それさえできれば、絶対音感の方とほぼ同じです。
絶対音感・相対音感どちらの場合でも、知っている曲なら、それを頭の中でドレミで鳴らすことができ、ドレミが鳴った時点で鍵盤位置が決定されます。すなわち、弾けます。
※【補足】よく考えたら、音からドレミを介在せずに直接鍵盤位置にラベリングするタイプもあるはずです。いわば、「ダイレクト鍵盤位置ラベリング能力」です。もしかしたら、ジャズ・ポピュラー系の方に多いのかもしれません。今回の記事では、便宜上、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」の一変種ということにさせてください。また、以下の文章も適宜読み替えてください。(ちょっと手抜きですが、書き直す元気がないので・・・笑)
(2) リアルタイム読譜・運指力
演奏速度で楽譜を読んでそれを運指に変換する能力です。クラシック系なら楽譜に忠実に、ジャズ系ならリードシート(メロディ+コード)からアドリブ(インプロヴァイゼーション)で運指を決定します。楽譜を見ますから、当然、鍵盤を見ないで弾くブラインドタッチが前提となります。(チラ見はOK・・・ジャズだとかなり鍵盤見てもOKかな?)
この能力があれば、基本的に楽譜さえあればどんな曲でも弾けるはずです。
●なぜ、「どちらか一方」あればいいのか
まず、曲そのものは、ほぼ頭の中に入っていることが大前提です。
また、たくさんの曲の運指をすべて覚えているのは、驚異的な記憶力の持ち主でない限り、不可能です。
ですから、頭の中で曲のイメージをどうやって保持しているのか、そこからどうやって運指を決定しているのか、それが鍵となると思うのです。
私は、大きく分けて二つの方法があると考えています。「弾いたことは無いが、知っている曲を初めて弾く」ことを想定してみてください。
(1) もし「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」があれば、「曲を知っている」ことと「ドレミを知っている」ことは等価です。ただし、「弾いた事はない」ので、鍵盤位置は演奏時に認識されます。したがって、(基本的には楽譜無しでも)次の順で運指が決定されます。
【頭の中の曲のイメージ+ドレミ】→【弾くべき鍵盤位置】→【運指】
(2) もし「リアルタイム読譜・運指力」があれば、曲のイメージと楽譜からの外部情報により、次の順で運指が決定されます。(ただし、ラベリング能力が弱い場合は、「曲を知っている」ことと「ドレミを知っている」ことは等価ではないことに注意してください。)
【頭の中の曲の音のイメージ+楽譜の音符・指番号】→【ドレミ+弾くべき鍵盤位置】→【運指】
初見が得意な方、耳コピが得意な方は、この双方が強力かつうまく連携できているのだと思います。(細部は個人差があると思いますが)
いずれにしても、上の(1)か(2)のどちらか一方が動けば、曲は弾けます。
●ピアノの先生には分からないかもしれない
ピアノの先生は、子供の時から練習を重ねて、この「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」と「リアルタイム読譜・運指力」の両方を身に付けた人たちです。
一方、大人から始めた初心者は、この二つの能力がまったくありません。
もちろん小さな子供にもこの二つの能力は無いのですが、ちゃんと教えて、ちゃんと練習すれば、身に付きます。
もしかしたら、ピアノの先生は、ご自分が小さい時にどうやってこの能力を身に付けたか、記憶が無いのかもしれません。特に、ドレミがどういうプロセスを踏んでドレミに聞こえるようになったのか、その成長過程を客観的に説明できるでしょうか?
だから、ピアノの先生は、大人から始めた人の頭の中が分からないのかもしれません。(ピアノの先生のBlogなどで、そう受け取れる記述を時々見かけます)
●大人から始めて「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」は身に付くのか?
あくまでも私の場合です。
11年間、それなりに努力もしましたが、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」はまったく付きませんでした。私には、どうしても曲がドレミに聞こえません。ドレミが分からないので、当然、鍵盤位置にも変換できません。
その代わりに、例えば下のト長調の音階を「シ・ミ・ド・ラ・ファ・レ・ラ・ソ・レ〜」とか歌えます。(一度、師匠の前でやってみせました。師匠「気持ち悪くありませんか?」、私「いえ、全然!」。)
これは、「相対音感が無い」というのとは違いますから、間違えないでくださいね。それなりの相対音感は、たぶん、あります。
そうではなくて、「ド」の音が「ド」という記号(ラベル)と結びつかないのです。これは、そういう風に私の脳が出来上がってしまっているからだと思います。要するに、「ラベリング能力が無い(→だったら鍛えればよい)」というのではなく、「ラベリングしない方向に能力が発達してしまっている」ということだと思います。
私の主張に疑問をお持ちの方(で、ラベリング能力がある方)、上のト長調の音階を、下のように歌う練習をしてみてください。けっこう「キツイ」と思いますよ。
(1) ド・ラ・ファ・レ・レ・ド・ド・ソ・ラ
(2) レ・ミ・ファ・ファ・ラ・ミ・ド・ド・ド
(3) ソ・ミ・ミ・ミ・レ・ファ・ミ・ラ・ド
(4) ミ・ファ・シ・ファ・レ・ラ・ファ・レ・ファ
(5) レ・ソ・ラ・シ・ド・ファ・ド・ファ・ソ
(6) ラ・シ・ファ・ファ・レ・レ・レ・レ・ミ
以下、果てしなく続く・・・
これは、「ラベリング型」の音感の方に、「ノン・ラベリング型」の音感を身に付けていただくための、暗黒のソルフェージュ(笑)の練習です。
「ノン・ラベリング型」の私が、「ラベリング型」の練習をするのも、たぶん、同じぐらい大変です。
もしかしたら、「ノン・ラベリング型」から「ラベリング型」への移行には、ある種の年齢的な限界(臨界期)があるのかもしれない、と感じています。(実証研究を探したのですが、うまく見つけられませんでした。よって、あくまでも「個人の感想(笑)」です。)
ちなみに、絶対音感は6〜7歳ぐらいまでに何らかの訓練をしないと習得できない、とされています。(根拠を知りたい方は、そのへんの素人のサイト(←たとえば私のサイト。笑)ではなくて、Google Scholarあたりで「絶対音感」、「absolute pitch」といったキーワードで論文を検索してみてください。)
●大人から始めて「リアルタイム読譜・運指力」は身に付くのか?
こちらも、あくまでも私の場合です。
身に付きます。恐ろしく、時間と手間はかかりますが。
いま、バッハの平均律の鬼楽譜(笑)と悪戦苦闘してますが、たまに、昔やった楽譜を取り出してみると、易しく感じます。
当時は、数小節進むだけで何日もかかった曲でも、とりあえず、超ゆっくり、間違えたり止まったりはしますが、通しで弾けます。(ということは、弾けてない、ということですが・・・笑)
だから現状だと、《「普通の曲」を「ヘナチョコに弾ける」》程度ですが、読譜力も運指力もゆっくり向上して来てるのが分かります。まだ「普通に弾ける」まで何年もかかりそうですが、手の届かない目標ではないと思います。
●努力目標・・・私の場合
ですから、私の場合、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようになるためには、
(1) 「リアルタイム読譜・運指力」に全力を投入する。すなわち、楽譜を見て弾くことに集中する。
(2) 「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」は、あきらめる。
というのが唯一の方法ではないかと考えています。
●《普通に弾ける》までの道はタイプによって違う
実は、今回の記事を書くきっかけになったのは、前回の記事で「暗譜した方がよい」というコメントを頂いた事と、大人の指導に力を入れているであろうピアノの先生のBlog(複数)に「大人に楽譜を読むように指導するのは困難」という主旨の発言を見つけたからです。
もし、ある大人の生徒さんが、私のように「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」が身に付かないタイプだとすると、楽譜を読むことを放棄した時点で、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようにならない、という結論になります。これは、「良い・悪い」の問題でなくて、論理的に考えて、そうなる、という話です。
このような生徒さんの場合は、《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ためには、たとえ道は長く険しくとも、読譜力とブラインドタッチ力を徹底的に強化するのが、ほぼ唯一の方法のはずです。
また、楽譜を見て弾くのが基本なので、暗譜にはこだわらなくよい、ということになります。
逆のケースとして、その生徒さんが、「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」の素質はあるが、「リアルタイム読譜・運指力」が苦手な場合を考えてみます。ようするに「聴いて覚えた曲は弾ける」方です。
このような方は、もしかしたらクラシック系より、コード奏法によるポピュラー演奏などに向いているのかもしれません。右手のメロディは「知っている」ので弾けますし、左手のコード演奏は、ある意味ワンパターンです。ポピュラー系限定なら、意外とあっさり《「普通の曲」を「普通に弾ける」》ようになるかもしれません。ただし、複雑な音を駆使するクラシック、特にバッハのような曲は苦手かもしれません。
さらに言えば、このタイプの人は、さほどブラインドタッチにこだわらなくてよいのかもしれません。(猫背で鍵盤凝視はマズイと思いますが。)
●片手練習 v.s. 両手練習
その人の「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」と「リアルタイム読譜・運指力」の優位性と、効率的な練習法にも関係があるはずです。
例えば、片手練習と両手練習のどちらが良いのか、という議論。
「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」が優位の方は、たぶん、片手練習が有効です。
このような方は、曲を、左右それぞれのメロディとして「聴いて覚える」はずです。人間は、同時に複数のメロディを「聞く」ことはできますが、同時に複数のメロディを「発声」することは、身体構造上不可能です。よって、一つのメロディを弾いて歌って覚えて、最後にそれらを組み合わせる、という練習は合理的です。
一方、「リアルタイム読譜・運指力」が優位の方は、たぶん、両手練習の方が有効です。
ちょっと話がそれますが、楽譜がまったく読めない初心者でも、将来、読譜力が育つ可能性か高いかどうか判定する方法があります。(たぶん)
それは、本を読むのが速いかどうか、です。(私は、自慢しているようで申し訳ないのですが、かなり速いです。)
速読する時は、複数箇所をほぼ同時に読んでます。もちろん、ある瞬間には一箇所を注視しているのですが、視点を高速に動かしています。また、語の順番どおりには読みません。飛ばして読んで、必要とあらばさっと戻って読んで、前の行を読んで、次の行を読んで、という読み方をします。
この能力が、そのまま読譜力に転化されるはずです。
このような方の場合、曲を、楽譜を読む視点移動の連鎖として「見て覚える」はずです。「正しい場所」を見ることができれば「正しく弾けます」。片手練習は、(テニック的に弾きにくい箇所ではやりますが、)基本的に無駄、場合によっては有害です。なぜなら、片手練習と両手練習では視点移動のやり方が異なるからです。片手練習で付けた「視点移動の癖」を、両手練習に切り替えた時にいったんリセットして、改めて両手演奏用の「視点移動の癖」を付けるのは二度手間です。最初から、両手練習によって曲を弾くために必要な視点移動を練習した方が有効です。(もちろん歌うことも有効ですよ!)
●タイプによって練習法を変える−−それが《普通に弾ける》ための最短距離
最後にまとめとして、大人の初心者の場合は、タイプに応じて練習法を変えるべき、というのが結論です。ピアノの先生側から見ると、指導法を変える、場合によっては、まったく逆の指導をする、ということになります。
もちろん、「リアルタイム読譜・運指力」と「ドレミ・鍵盤位置ラベリング能力」の双方を鍛えることが理想ですし、小さな子供さんの場合はある程度可能でしょう。
しかし、大人の場合は、時間がありませんし、脳の可塑性が低下しています。本人の適性と逆の練習/指導だと、ピアノがイヤになってしまいます。
大人には、子供の柔軟性・学習能力はありませんが、知恵はあります。ぜひ、いろいろと考えて工夫して、《普通に弾ける》ための最短コースを探してください。それが、《「普通の曲」を「自由に楽しく弾く」》ためのコツです。
※今回の記事では、下のサイトが大変参考になりました。ありがとうございました。
あなたの音感は何型か?(たくき よしみさん) http://takuki.com/onkangata.html
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