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2015.05.01 Friday

大人のピアノの学習メソッド:ピアノ力と音色の感覚

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    前回「大人のピアノの学習メソッド:ピアノ力の構造」の続きになます。

    ●下手の方が上手い?!

    前々から不思議に思っていたことなんですが、私の下手くそなピアノに対して、ピアノを始めた当初から「酔狂さんは音色がいい、バランスがいい、音楽的に弾く」と言って頂けることが時々あります。(99%は、お世辞だと思いますが・・・いや、99.9%ぐらいかもしれない・・・^^)

    しかし、0.1%ぐらいは理由があるのかもしれません。

    というのは・・・。私の所属する角聖子音楽院では、大人の初心者が多く参加する発表会があって、そこで、大人からはじめてまだ数か月、数年といった方の演奏を聞く事があります。確かに、熟練者に比べると演奏技術という点では及びません。しかし、時々、ハッとするような美しい音を出します。

    ピアノの音色は、基本的に鍵盤がハンマーを送り出す時の速度に依存しますが、指が鍵盤に当たったり、鍵盤が底(棚板)に当たったりする時の雑音、次々と音を弾くときのレガートやバランス、指を鍵盤に残す事やペダルによる響きの制御など、けっこう演奏者によって「音色」が違います。

    大お師匠様の角聖子先生も、「一音、一音を大切に」、「たった一音でも心に響く音があればいい」というようなことをよくおっしゃいます。

    そういう点からすると、確かに、技術的には初心者、要するに「下手」のほうが、半ばまぐれかもしれませんが、「いい音」を出す瞬間が目立ちます。

    どうしてなんでしょう?

    ●「ド」は「ド」だけが鳴っているんじゃない!

    さて、ここから例によって屁理屈モード突入です。

    音色の秘密は、倍音です。

    下の図を見てください。これは、ピアノ(カワイ製の電子音源)のスペクル(周波数分布)です。Audacityという有名なフリーソフトを使って可視化してあります。

    【中央のドC4】



    私たちが音程と呼んでいるのは、一番低いピークのC4(中央のド)の音です。これを基音と言います。

    実際には、この2倍、3倍、・・・の倍音が出ています。面白いのは、C4の3倍音はG5、すなわち「ソ」、5倍音はE6、すなわち「ミ」です。

    「ド」の音を出しているつもりが、「ソ」とか「ミ」の音が鳴っているのです。(さらに高い倍音を含めると、12音階の全部の音が鳴っています。)

    私たちは、(普通は)これらを渾然一体とした響きとして聞き取り、ピアノの「ド」の音として認識しているのです。

    中には、普通じゃない人もいるかもしれません。人間スペクトラムアナライザ級の人がいて、すべの倍音を分離して聴き分ける能力のある人・・・って、ホントにいたら、ほとんど宇宙人です。(笑)
     
    【ソG4G5



    こちらは、G4G5の「ソ」の音です。「ド」の時と同様に、「ソ」の倍音に「レD6」とか「シB6」の音が含まれています。

    (※G4をG5と誤記していました。訂正2015/05/12。)

    ●「ド」と「ソ」を同時に鳴らすと



    「ド」と「ソ」を同時に鳴らすと、単に二つの音が鳴っているだけではなく、両者の倍音が混じって複雑な響きを創り出します。

    「ド」と「ソ」は完全5度、すなわち、周波数比2:3という、オクターブ(1:2)を除いて、音階の中で最も単純な周波数比になっています。厳密にいうと、ピアノの調律法である平均律では2:3からほんの少しずれるのですが、その差は僅かです。

    その結果、何が起こるのかというと、私には「ド」と「ソ」が渾然一体となった一つの複雑な音に聞こえます。「ド」と「ソ」が別々に聞こえません。これこそ、ノンラベリング型音感の特徴であり、ラべリング型音感に対する優位点なのです。

    もう一回、繰り返します。『優位点』、なのです。

    何とか「ド」と「ソ」を頑張って聴き分けようすると、確かに、一番低い音が聞こえてきます。その時、別の音、すなわち、倍音を聞く事が自動的に抑制されます。

    これは、何か一つの音に着目すると他が聞こえなくなるという、人間の聴覚が持つ特性です。有名なカクテルパーティー効果(ざわついたパーティ会場でも誰かが自分の名前を言うと突然それが聞き取れるような現象)と同様の現象です。

    一方、ラベリング能力のある人はどうでしょうか?

    無意識のうちに、「ド」と「ソ」が別々の音としてはっきり聞こえますか?

    音程を聞き取るためには、倍音系列の一番下の音、すなわち、基音だけを聞き取る必要があります。

    ということは、倍音を聞かなくなります。ようするに、「音程」を聞き取るために、「音色」を犠牲にしているのです。

    そして、音程はドレミのラベルに変換され、記号的に処理されます。その際、もともとの音が持っていた音色の情報は捨てられてしまいます。(実際には、全部捨てるわけではなくて、音色の情報も並列処理しているのだと思います。しかし、ノンラベリング型の人に比べて、音色の情報の相対的重要度は下がると思います。)

    ラベリング能力のある人が、基音を聞き取る事は、演奏上は有利です。基音は鍵盤位置そのものだからです。

    しかし、音色を(ほとんど無意識のうちに)軽視する事は、音楽的な演奏という面では不利です。

    優れた演奏者は、倍音を含む音色の情報と、基音によるドレミのラベル・鍵盤位置の情報の双方を、フルに活用しているのだと思います。だから、一流のプロなのです。

    ところが、まあ、そこそこ弾ける程度の方だと、大変失礼な言い方ですが、「確かに楽譜通り正確に速く弾いているけど、音色の変化や表情に乏しいつまらない演奏」になりがちです。

    一方、ノンラベリング型音感の人は、音程がドレミ・鍵盤位置に変換できません。

    頼るものは、音そのものの感覚です。ノンラベリング型音感の人は、倍音系列を含めた音全体の響き、ハーモニーを聞いているのです。

    技術的には未熟であっても、「いい音」を出そうと、これまた半ば無意識に努力してしまいます。だから、たぶん、初心者でも、ハッとするほどいい音がだせるのです。

    ●音楽性サブシステム

    音楽の三大要素は、リズム(律動)、メロディー(旋律)、ハーモニー(和声、和音)、なんだそうです。そして、ここに「音色」を加えてもいいと思います。

    音楽の「四大要素」です。

    この音楽の四大要素を認識し、制御しているのが「音楽性サブシステム」です。実際は単一のシステムではなく、複雑な内部構造をしていると思いますが、ここでは一体のものとして扱います。

    この音楽性サブシステムが、運指サブシステムの上位システムとして機能し、単なる音から音楽を作り上げているのです。

    ●ラベリング型音感とノンラベリング型音感の音楽性サブシステムの違い

    脳のある機能が発達すると、競合関係にある別の機能の発達が抑制される、と言う現象があるそうです。(シナプス競合)

    例えば絶対音感と相対音感の関係が、これにあたると思います。両方ともバッチリ、という人は、なかなかいないはずです。

    ラベリング型音感の人は、基音を選択的に聞き取る事で、音を音名に変換します。その代償として、音色(倍音)に関する感受性が低下してしまっている可能性があります。

    ノンラベリング型音感の人は、倍音系列の全体を聞き取ります。音名への変換はできませんが、音色に対する感覚は、ラベリング型音感の人に比べて潜在的に優れている可能性があります。

    分かりやすく言うと、「(特に音色に関して)耳がいい」んです。

    また、前にノンラベリング型の人は両手練習の方がよい、と書きましたが、もう一つの大きな理由がこれです。ノンラベリング型の人は、倍音系列を含めたハーモニーを手がかりに、運指サブシステムを制御しているのです。

    ●ノンラベリング型音感の鍛え方

    前回の記事では、ノンラベリング型音感の人は読譜力を鍛えるべきだ、と書きました。

    もう一つ、ぜひ鍛えるべきなのが、音色に対する感覚です。

    速く弾こうとか、複雑なメロディーを弾こうとかいう意識はそこそこにして、「いい音で弾こう」と思ってください。

    これが、上達への近道です。「速く、雑に、勢いで弾く」のは、自分の長所を無視した悪い練習法です。

    「どの鍵盤を弾くか」という情報は、暗譜しないで、楽譜から読み取りましょう。そして、「いい音」を出せた時のタッチ、運指、触感、ペダリングを徹底的に分析し、長期記憶に焼き付けましょう。それがよい演奏に繋がるはずです。



    前に書いた「格言(?)」の改定版です。

    ピアノは目で弾け、そして耳で制御せよ」。
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